2022年2月24日早朝、ロシア軍はウクライナに攻め込み、ヨーロッパはユーゴスラビア紛争以来20年以上ぶり戦火に見舞われることになりました。戦闘は今も止んでいません。侵攻直後、国連やほとんどの先進国がロシアの戦争行為を厳しく非難し、ロシアへの対抗手段を取り出しました。EUは特にウクライナを支持するスタンスを取りました。にもかかわらずEUの一員であるハンガリーは他加盟国と違い、ウクライナに対する支持にはあまり積極的ではありませんでした。逆に、ウクライナへの軍事支援を拒否したり、制裁の邪魔をしたりすることで注目され、西側メディアにより早々に「親ロシア派」に分類されてしまいました。それは本当に正しい評価でしょうか。ハンガリーは本当に「親ロシア派」なのかみていきましょう。


踏みつぶされる歴史、ハンガリーとロシア

歴史的を振り返ると、ハンガリーが親ロシア派になる理由は何一つ見つかりません。ハンガリーは1848年、オーストリアに対して独立戦争をおこしました。勝利寸前でオーストリア皇帝がロシア皇帝に援助を求め、ハンガリー独立政権はロシアの圧倒的な軍事力によって潰されました。

第二次世界大戦で、ハンガリーは枢軸国のドイツと共にソ連と戦いました。ソ連には多くのハンガリー人兵士が送り込まれ、戦死しました。後にハンガリー本土もドイツ対ソ連の戦場となり、ブダペスト包囲戦は第二次世界大戦で2番目に長い市街戦でした。戦争中はソ連軍による強奪で民間人の被害も大きかったと言われています。

そして第二次世界大戦後、ハンガリーはソ連軍に占領されたが故に社会主義ブロックに強制的に組み入れられたのです。ソ連の全面支援を受けていた共産党が他の政党を潰し、1947年の総選挙で政権を取り、ハンガリーにおける社会主義の時代が始まりました。

社会主義がもたらしたのは、貧困と自由の剝奪です。1956年のハンガリー動乱では、国民は共産党による支配に対し武装蜂起し部分的には成功しました。しかし、最終的にはソ連軍が押し寄せ、ブダペストは再度戦場と化し、自由を求める運動は容赦なく潰されました。

ハンガリーは本当に「親ロシア派」なのか?
1956年のハンガリー動乱 、市民はソ連の戦車に乗り自由を宣言。出典:Történelemoktatók.hu

その後、ソ連はハンガリーに常時駐屯し続けました。1989年の体制転換時には、「ロシア人は出ていけ」がスローガンになったくらいロシアに対するイメージは悪かったのです。多党制装導入による体制転換後は、西側との関係構築を積極的に進め、ロシアとの政治・経済的関係は大きく後退しました。


オルバン政権の独自路線、経済成長を見込んで目先は東へ

前述の通り、歴史的に見るとハンガリーは少なくとも3回はロシアによってひどい目に合わされています。にもかかわらず、現在のハンガリー政府はなぜ親ロシア的な言動を示しているのか疑問に思えるでしょう。これには政治・経済的な背景があります。

先ず、この10年のオルバン政権の外交戦略を考える必要があります。「東方政策」です。
「東方政策」とは、中国・ロシア・中近東・韓国・日本、その他のアジア諸国との政治・経済関係をより緊密にする戦略です。ブダペストの主要広場である「モスクワ広場」を「セール・カルマン広場」に改名し、ソ連(捕虜問題など)や共産主義を積極的に非難していたオルバン政権からは意外な政策もみえるかもしれませんが、東方政策はロシアだけが眼中にあった訳ではありません。

東方政策の一面、テュルク諸国機構の会議に参加するオルバン首相(右側)出典:Kormány.hu

「東方政策」の基本的な考えは、今後、成長する地域は西ではなく東だということです。ハンガリーは元々中央アジアから移動してきた騎馬民族が作った国なので、東の国とうまくやっていけるという昔のツラン主義(中央アジアを起源とするとされる様々な民族の民族的・文化的統一性を主張する思想で20世紀前半のハンガリーで人気が高かった)の名残のような思想性もあります。中でもロシアと中国という強大な2ヶ国との関係構築は避けられません。東側諸国ブロックの崩壊後、ハンガリーはこれらの国とほぼゼロから関係を再構築する必要があったことは留意すべきです。オルバン政権は10年程度の時間をかけてこの関係構築に力を入れて、ようやく2019年~22年あたりで結果が見え出していたのです。

そこに勃発したのがロシア・ウクライナ戦争です。10年かけてやっと結果が見え出した東方政策を全部帳消しにできるか、という悩みに直面することになりました。当初、ロシア・ウクライナ戦争は早期決着することも予想されていましたので、ハンガリー政府はなるべくロシアを刺激しない方向で様子を見ることにしたのです。


「エネルギー」という切れ札を持ったロシア

ハンガリーは、ウクライナともロシアとも特に貿易は盛んとは言えず、ハンガリー企業にとってロシア市場は存在しなくてもあまり困ることはありません。ロシア製ウォッカ以外はロシア製の商品はハンガリーの店頭には並んでいません。ただ、ある分野でのみロシアの存在は大きい。それはエネルギー分野です。

ハンガリーは国内で消費する原油と天然ガスのほとんどを、パイプラインを通してロシアから輸入しています。ロシアからのエネルギー供給が止まれば、ハンガリーはかなり困難な状況に陥ります。ロシアがエネルギーを「武器」として使った事例は過去にもいくつもありましたし、ハンガリーもその被害を被ったことがあります。常にエネルギー供給が止められるリスクがあるため、ハンガリーはロシアを意識せざるを得ない状況にあることは重要な点です。

ロシアの原油パイプライン(「友情」)出典:DW

また、ハンガリーの経済は、外国企業による製造関連の投資で成り立っている部分が大きいため、エネルギー供給が途絶えてしまうようなリスクは、ハンガリーの経済的強みを大幅に減らします。例えば、BMWの工場をハンガリーに誘致できたことを誇りに思っているオルバン政権は、ロシアからのエネルギー供給が途絶えればBMWに対して面子が潰れてしまうでしょう。従って、ハンガリー政府はエネルギー供給で問題が生じるようなリスクを取ることはできないのです。実際、戦争勃発後、ドイツ向けのパイプライン、ノード・ストリームはロシアによって止められ、そのリスクは顕在化しました。


敵の敵は味方なのか?ハンガリーのウクライナとの関係

他方ハンガリーは元々ウクライナとは難しい関係にありました。ロシア・ウクライナ戦争が始まった当時、ハンガリーとウクライナ関係はどん底でした。原因はウクライナによる言語法の施行です。ウクライナは、2014年のロシアによるクリミア併合後、同化政策の一貫として学校や役所などでウクライナ語以外の言語の使用を制限する法律を採決しました。主たる目的はロシア語を排除することでしたが、その他の少数民族の言葉であるポーランド語とハンガリー語の使用も制限されました。ウクライナ西部には数十万人のハンガリー人が住んでいます。結果的にこの人たちは母国語であるハンガリー語の使用を制限されてしまったのです。ハンガリー政府は法律採決直後から強く反発しましたが、ウクライナ政府は聞く耳を持ちませんでした。これだけでも両国間にはかなりの政治的緊張が生じたので、過去の経緯を忘れて、ロシアに侵攻されたウクライナアを「全面的支援せよ」というのはなかなか受け入れがたいところがありました。


西にも東にも忖度、ハンガリーによるウクライナ支援

それでもハンガリーはEU加盟国であり、EU内の空気を読んで最初の段階からウクライナを支持しました。戦争勃発直後、国境を開放し、ウクライナ人が自由に入れるようにし、ハンガリーに滞在したい人たちには一時滞在許可証を発行しました。他の国に行きたい人には無料で鉄道などの公共交通機関を使え、ハンガリーを通過することができるようにしました。

またハンガリーは、EUの石油・天然ガスの禁輸措置は免除されているとはいえ、EUのロシアに対する制裁に関する条約をすべて批准しています。軍事的な支援はしていませんが、人道的な支援は戦争勃発時から行っています。政府主導の支援のみならず自治体や民間企業も支援物資を提供してきました。ハンガリーの工場では多くのウクライナ人が働いており、その家族を呼び寄せるため企業は協力しました。

2022年末から2023年にかけて戦況はロシアにとってあまり望ましくないことがみえてきました。エネルギー価格も下がってきており、ハンガリー政府はロシアと多少距離を置くようになってきています。2022年11月には、ハンガリーの大統領がキーウを正式訪問しました。2023年8月に再び訪問する予定です。ハンガリー政府が積極的に参加していたロシア主導の「国際投資銀行」(IBB)からも2023年4月、脱退しました。エネルギーに関しては、政府は他の輸入先を開拓しようとしています。ハンガリーが、今後もロシアを信頼に値するパートナーとみなしていたら、このような行動はしないでしょう。

ウクライナのゼレンスキー大統領とハンガリーのノヴァーク大統領がキーウで。出典:Telex


実は「親ロシア」よりも「親ウクライナ」/「親EU」

一般国民の意見はどうでしょう。EUは定期的に加盟各国でEurobarometerという世論調査を行っています。2023年6月の調査で、ウクライナに関する質問についてハンガリー人は次のように回答しています。

ウクライナ難民に対する人道的支援に賛成86%▽ウクライナに対する経済的な支援に賛成60%▽ロシアに対する制裁に賛成59%▽ウクライナの軍事的な支援に賛成44%でした。この結果をみれば、ハンガリー人の過半数はロシアよりもウクライナに親近感を抱いていることが分かります。

2023年3月、ハンガリーはロシアによる「非友好的な国リスト」に追加されました。ハンガリーは「親ロシア」と言われますが、ロシアは「親ハンガリー」ではないようです。

今後はどうなるのでしょうか。ハンガリー政府はこれからも難しい外交のかじ取りを迫られますが、それでもロシアとの外交をストップすることはしないでしょう。しかし、これまで述べてきたように、ハンガリーにとってロシアは、エネルギー関連を除くと特に重要なビジネスパートナーという訳ではなく、一般のハンガリー人の親ロシア的な感情は非常に薄いです。エネルギー分野でも輸入元の多様化は進んでいるので、ロシアとの関係を更に改善する必要も徐々になくなってしまいます。オルバン政権の言動は誤解を招くこともありますが、ハンガリーは「親ロシア」ではなく、実は「親EU」そして「親ウクライナ」なのです。


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EVバッテリー産業集積地として注目されるハンガリー。ハンガリーは、スズキ(1991年)とオペル(1992年)の進出で自動車産業が盛んになり、中東欧地域(CEE)で最初にeモビリティの概念を導入したことで知られています。現在、ハンガリー政府は、バッテリー製造の可能性を高めるために直接的および間接的なインセンティブを提供し、ヨーロッパで最大のEVバッテリー生産国になりつつあります。また、ハンガリーは、その専門知識、高い生産性、地理的な利便性、競争力のある生産コストを活用し、ヨーロッパで最も魅力的な自動車関連投資先のひとつに成長しています。


自動車産業のEV化によるバッテリー需要の高まり

欧州議会は「Fit for 55」パッケージのひとつとして、2035年にガソリン車など内燃機関車の販売を事実上禁止する法案を可決しました。この結果、グローバル展開している自動車メーカー各社は、EVモデルを次々と発表しました。欧州自動車工業会(ACEA)のデータ(2021年)によると、EU26カ国(マルタを除く)の2021年の乗用車の燃料タイプ別新車登録台数のシェアは、ガソリン車(全体の40.0%)とディーゼル車(19.6%)は合わせると全体の約6割(ブルーゾーン)を占めたものの、登録台数はそれぞれ前年比17.8%減、31.5%減。対照的に、ハイブリッド車と電気自動車(EV)の全体に占める割合は37.6%(グリーンゾーン)と、前年から15ポイント以上上昇しました。ハイブリッド式EV(HEV)は19.6%、バッテリー式EV(BEV)は9.1%、プラグインハイブリッド車(PHEV)は8.9%で、さらにEVバッテリーの需要が高まることが予想されます。また、現在、中国は世界のリチウムイオン電池(LIB)の生産は中国がほぼ独占しており、2020年には77%を占めていたものの、近年、特にヨーロッパで多くの国がLIB生産国になりつつあり、地理的な多様化が進むとみられています。LIB生産量に占めるヨーロッパのシェアは、2020年の6%から2025年に25%に増加し、中国のシェアは65%に低下すると予測されています。

2021年の乗用車の燃料タイプ別新車登録台数シェア(EU26カ国)| 出典:ACEA


ハンガリーに多くのバッテリー製造会社が進出

いち早く欧州市場に目をつけていた韓国企業、LG化学はポーランドに、サムスン、SDI、SK Innovationはハンガリーに生産拠点を設けています。さらに、正極材や電解液といったリチウムイオン電池の部材を供給する韓国メーカーも進出しており、欧州自動車メーカーへの電池供給体制が築かれています。日系企業も、GSユアサがハンガリーにリチウムイオン電池の工場を、東レがリチウムイオン電池の部材であるセパレータフィルムの工場を設立しています。


なぜ、ハンガリーではEV 関連の投資が進んでいるのか

ハンガリー経済を産業別に見ると、自動車産業のシェアが高いことが判ります。スズキ自動車、アウディ、メルセデスベンツ、BYD、BMW(建設中)がハンガリーで工場を設立しています。これらの会社は、ハンガリーは賃金など生産コストが低いこと、主要市場のオーストリア、ドイツ、チェコなどが近いこと、政府の補助金が得られることを理由にハンガリーに進出してきました。アウディ、メルセデスベンツは既にハンガリー工場でEVも製造しており、中国のBYDは電気バスの組立を行っています。また、建設中のBMWデブレツェン工場ではEVのみを製造する計画です。これらの工場のニーズに応えるために、EVやバッテリー関連のサプライヤーが多数進出しています。ハンガリー政府には「再工業化計画」があり、ハンガリー経済における工業の割合を増やすことを目指しています。工業の分野でも特にEV関係の投資は政府のサポートや補助金を得やすくなっています。


ハンガリーにおける大規模なバッテリー投資の紹介

ハンガリーでは複数の大規模なバッテリー工場の投資が発表されています。どの工場もハンガリー政府のサポートと補助金(Samsung SDIは約130億円)を受けています。


ハンガリーに進出した日系企業の紹介


出典


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