ハンガリーの首都ブダペストは「ドナウの真珠」と呼ばれ、世界で最も美しい町のひとつに挙げられる。19世紀後半は、「オーストリア=ハンガリー帝国」のウィーンに続く中心都市として、ブダペストは栄華を極めた。
帝国の荘厳さを象徴するネオゴシック様式の国会議事堂や、ブダ地区とペスト地区を結ぶセーチェーニ鎖橋(くさりばし)は、かつてこの国の文化力、技術力が世界トップクラスであったことを教えてくれる。
歴史的にこの地は、ドナウ川を通じて東からアジアの文化が入り、西欧の文化と交わる文明の交差点でもあった。
イノベーション力もやはり世界トップレベルで、例えば、現在使われているコンピューターの基本構造とされる「ノイマン型コンピューター」は、ハンガリー出身のナイマン・ヤーノシュ(フォン・ノイマン)が発明したもの。また、世界中で知られる「ルービック・キューブ」も、ハンガリーの発明家・建築家のルビク・エルネーが考案した立体パズルだ。
自動車産業では「ヨーロッパの優等生」
ハンガリーは1989年まで社会主義国家だったが、議会制民主主義への体制転換後は経済開放を進め、中央ヨーロッパのものづくり国家の代表格へと成長を遂げ、30年かけてその地位を不動のものにした。
とりわけ自動車産業は、ヨーロッパ全体を見渡しても優等生で、最も成功しているのはスズキの現地法人「マジャール・スズキ」(マジャールはハンガリーの言語名)だ。
また、デンソーなどの自動車部品メーカーも数多く進出している。ハンガリーに進出している日本企業は、製造業を中心に160社以上に及ぶという。
ここ数年、ハンガリー経済は実質国民総生産(GDP)でおおむね3〜5%の成長を記録し、順調に拡大を続けている。2008年のリーマンショック後は財政課題を抱えたものの、それもほぼ解決した。
こうした力強い成長は、歴史的に築かれてきた技術力やイノベーション力に起因するのだろうか。パラノビチ・ノルバート駐日ハンガリー大使にその秘密を聞くことができた。
法人税が安く、教育水準の高い人材が揃う
—— ハンガリー経済は順調に成長しているように見える。その要因をどうお考えか。
外資の導入がうまく機能しているということだろう。ハンガリーの法人税は9%で、ヨーロッパで最も低い水準だ。
また、歴史的に教育システムがしっかりしていることも大きいのではないか。日本からも500人以上の医学生が留学に来ている。企業側から見れば、高いレベルの教育を受けた有能な人材を比較的安い賃金で雇うことができる。いわば「コスパがいい」わけだ。
失業率は目下3%台と歴史的低水準で推移していて、経済状況はきわめて好調だ。ただし、地域格差の問題が残っており、政府は補助金を出して、失業率の高い地域から低い地域への住民の移動を促している。
—— 好調な経済は今後も続くだろうか。イギリスのEU離脱の影響などリスクはないか。
ブレグジットは我々にとってハッピーな事態ではないが、イギリス国民が下した結論は受け入れる。今後の展開については予想が難しいが、これまで同様のフレキシブルな対応は可能だと思っている。
世界経済の中心が西から東にシフトしているように、ヨーロッパ経済の中心も西から東に移動している。ブレグジットの影響は多少あっても、ハンガリー、チェコ、ポーランドをはじめとする中欧・東欧の経済は伸びていくだろう。とくにハンガリーでは、外資の導入がさらに拡大するものと期待している。
「人工知能×ものづくり」を強力に支援
—— 海外からの投資については、どういった分野に期待しているか。
かつては製造業への投資が多かったが、最近はそれも変わってきた。自動車部品世界最大手の独ボッシュはハンガリーを主要な生産拠点としていたが、2018年にイノベーションセンターを設立し、いまでは2000人のエンジニアを採用している。
デンソーも欧州最大規模の工場をハンガリーに置いているが、最近は人工知能(AI)を扱う産業機械研究センターを設立し、自動運転技術の研究を行っている。ちなみに、我が国は自動運転技術の研究を強力に支援していて、世界最大級の自動運転用テストコースも整備した。
ボッシュもデンソーも、ものづくりを通じてハンガリー人材のレベルの高さを認識したことが、さらなる投資へと結びついた。とくに、エンジニアの質が高いため、製造部門から研究開発(R&D)部門への投資シフトが進んでいる。私はこれを「オーガニック・デベロップメント」と呼んでいる。
—— ものづくりを得意とする国民性は、AIにも強いということだろうか。
そう言っていいだろう。AIだけであれば、シリコンバレーなど世界に優秀な人材や企業はいくらでもある。しかし、ハンガリーではものづくりとAIを組み合わせた研究を重視している。現実世界で実用性のあるAIの研究が行われているということだ。工場に導入されたロボットと人間が対話しながら仕事をするといった研究も始まっている。
政府もそれらを積極的に支援している。前述のように法人税が安いだけでなく、R&Dへの補助金なども十分用意されており、進出企業には喜んでもらっている。また、IoT技術を発展させていくためには大量のデータ送信が重要となるが、ハンガリーは次世代通信規格である5Gの普及に向けたテストでも、ヨーロッパで最先端をいっている。
「ヨーロッパで最も住みやすい国」トップ5を目指す
—— ハンガリーはどんな国家の未来を描いているのか。
政府目標として、2030年までに「ヨーロッパで最も住みやすい国」トップ5入りを目指している。安全、生活、仕事という三つの「質」を整えたい。
野心的かもしれないが、イメージ先行ではなく実体が伴った目標だと思っている。ハンガリーは物価は安いし、税金も安い。何ごともコスパがいい。日本からも多くの駐在員が来られていて、満足度は高いと聞いている。さらなる企業の進出、投資に期待したい。
—— 大使は2000年代に名古屋大学に留学し、のちに同大学で教鞭もとられた。日本の若者をよく知る立場から、何かアドバイスはあるか。
もっと起業家精神を持ってもいいのではないか。失敗を恐れず、何ごとにもチャレンジしてほしい。また、企業や政府にはそうした挑戦する若者たちを支援する制度を整えてほしい。
パラノビチ・ノルバート(Norbert Palanovics):駐日ハンガリー共和国大使。1978年南ハンガリー・ペーチ生まれ。2002年より関西外国語大学でアジア研究を専攻。ハンガリー帰国後、経営学修士取得。2004年に再来日、名古屋大学博士課程に。研究の傍ら、ハンガリーの新聞・雑誌の日本特派員としても活動。2016年より駐日大使。日本語、英語、スペイン語、ドイツ語、ハンガリー語が堪能。
土井 正己(どい・まさみ):国際コンサルティング会社クレアブ代表取締役社長。山形大学特任教授。大阪外国語大学(現・大阪大学外国語学部)卒業。2013年までトヨタ自動車で、主に広報、海外宣伝、海外事業体でのトップマネジメントなど経験。グローバル・コミュニケーション室長、広報部担当部長を歴任。2014年よりクレアブで、官公庁や企業のコンサルタント業務に従事。山形大学特任教授を兼務。
出所: https://www.businessinsider.jp, 土井 正己 [国際コンサルティング会社クレアブ代表取締役]
カバー写真: ハンガリーの首都ブダペスト。ドナウ川沿いに威容を誇る国会議事堂。iStock